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No.224 令和3年第1回定例会が始まりました

大和市議会令和3年第1回定例会が2月25日(木)から3月23日(火)までの27日間の会
期で開催されます。2月25日には本会議が開かれ、市長からは新年度に向けての「施政方針」が語られ、合わせて新年度の当初予算案が示されました。議会は早速提示されて予算案その他の議案を所管に委員会に付託し、委員会は付託を受けて審査に入りました。今定例会の会期は以下のとおりです。

2月25日(木)  9時から      本会議(議案の上程)

3月 1日(月)  〃        環境建設常任委員会

2日(火)  〃       文教市民経済常任委員会(中村所属)

3日(水)  〃       厚生常任委員会

4日(木)  〃       総務常任委員会

5日(金)  〃       基地対策特別委員会(中村委員長)

15日(月)  〃       議会運営委員会(中村所属)

16日(火)   〃       本会議(一般質問)

17日(水)   〃       本会議(一般質問)

18日(木)   〃       本会議(一般質問)

22 日(月)  〃        議会運営委員会(中村所属)

23日(火)  〃        本会議(討論、採決)

※ 会議の予定は変更されることがあります。

※ 本会議は、市議会ホームページから動画をご視聴いただけます。

〇 令和3年度当初予算の主な内容

 今定例会には、令和3年度予算が上程されています。新型コロナウィルスの影響で市税などの自主財源は、大きく減収となっています。しかし、その分を補填する普通交付税などを活用して予算が編成されています。コロナ禍の中、市民生活をしっかり守っていかなければなりません。そのための予算案が議会で審議されます。

以下、新年度予算に提案されている事業のいくつかを紹介します。

★ 新型コロナウィルスワクチン接種を実施
★ デリバリー実施で飲食店を支援
★ 児童・生徒の健康管理支援
★ 児童虐待防止のための見守りを強化
★ 防災備蓄品などの維持管理体制を整備
★ 民間保育所等の親切を支援
★ 小学校増築工事を実施
★ おひとり様などの終活支援
★ デジタル施策を推進
★ 公私連携型子育て支援施設「こどもの城」を設置
★ 感染症予防を推進
★ 環境管理センターごみ処理施設の維持補修
★ 教育ネットワーク運用管理の推進
★ やまと公園の大規模改修を実施
★ 振り込め詐欺対策で電話機などの購入を補助
★ 路上喫煙防止対策を実施

No.223 「咢堂塾」を卒塾しました

(一財)尾崎行雄記念財団が主催する「咢堂塾」の22期を卒塾いたしました。同財団は尾崎行雄(1858年〜1954年)「咢堂」の事績を記念する財団で、「咢堂」の名を冠した「咢堂塾」は「咢堂」の理念を基に、健全な有権者、リーダーの育成を目的として開催されています。私は、昨年も21期で学ばせていただきましたが、今年再度入塾し、無事22期も卒塾させていただきました。

尾崎行雄は、現在の神奈川県相模原市緑区又野の生まれ、第一回帝国議会議員選挙に衆議院議員として初当選し、以来、1958年の第26回衆議院選挙で落選するまで、実に25回連続当選、在職勤続63年。「憲政の神様」、「議会政治の父」といわれています。

「咢堂」は、政治家としては、三重県の選挙区から出ていましたが、生まれたのは相模原市、晩年は逗子市に住まい、お墓は鎌倉円覚寺にあります。そういった意味でも私は、二宮尊徳とともに尊敬する郷土の偉人です。

国会と地方議会違いはありますが、私も議会政治家として、地方議会を舞台として、市民のための政治を行うため、尾崎先生を見倣ってまいります。

〇 地方議員の仕事について

地方議員の仕事は大変分かりにくいです。「何をやっているのか? 」と思われる方もおられると
思います。以下、地方議員の「仕事」について「私見」を述べます。あくまでも「私見」ですから、違うご意見の方もいらっしゃると思います。是非、そういったご意見もお聞かせ下さい。

★ 議会活動

自分が所属する「議会」での活動です。これが「狭義」での「議員の仕事」だと思います。定
例会などの会議に出席し、議員として発言をしたり、採決に加わって市としての意思形成に関わることです。「議員の仕事」の中でも最も重要な部分です。

それでも、「議員の仕事」はこればかりではありません。

★ 議員活動

議員としての活動です。市民からさまざまな意見をうかがい、その解決に向けて活動します。
たとえば、道路の補修や、公園の整備、学校のこと、地域の経済活性化などに関して、直接に市民の方からの「声」をいただき、議会での政策提言に繋げていったりします。この「議会活動」は、いわば「年中無休」で、議会閉会中も行います。議員活動をいかにしっかりするかが、「議会活動」に生きてきます。

大和市議会基本条例第4条第4号は「(議員は)自らの議員活動について、積極的に情報提供すること」と規定しています。私もこのホームページやSNSを活用して、情報提供をしています。また、市内各駅での「駅頭市政報告」を通じて、議員活動や市政報告を行っています。

加えて、同条例第4条第5 号には、「(議員は)自らの資質の向上を図るため研鑽に努めること」とも規定されています。前述した「咢堂塾」のような勉強会に参加するなど、議員しての研鑽に努めています。

★ 政治活動

地方議員も「政治家」でありますから、「政治家」としての活動があります。私は自由民主党の
議員ですから、「政党」の活動があります。近隣市や県議会、国会の議員と連携しながら、自由民主党としての政策を推進します。同志の選挙応援や党員拡大もその一つです。

加えて、さまざまな課題解決のために「議員連盟」を超党派で結成したりして活動もします。
たとえば、大和市議会では、女子サッカーを応援する「なでしこ議員連盟」、安全保障を考える「防衛議員連盟」、大和市南部の歴史を伝える「渋谷荘議員連盟」などがあります。また、まだ議員連盟とまではいっていませんが、大和市議会議員で、中学生以下の子育てを行っている「親」で組織している「子育て議員懇談会」などがあります。全国規模では、ウイグル人の人権問題に関して「ウイグルを応援する全国地方議員の会」に参加しています。さらには、憲法改正や共同親権、夜間中学、犯罪被害者救済、病児保育など「市」を越える大きな課題についても、同志の議員とともに取り組んでいます。

★ ひとことでいうと「議員の仕事」とは?

ひとことでいうと「議員の仕事」とは、「自由と民主主義」のための仕事です。尾崎先生たち先達が取り組んでこられた「自由民権民権運動」を継承し、自由と民主主義のために働くこと。それこそが議員の仕事であります。これからも地方議員として、最も身近な地域社会において、「自由と民主主義」のために働いてまいります。

No.222 2月1日は「市制記念日」です

大和市は、昭和34年2 月1日に市制が施行され、今年で62年目を迎えました。私が子どもの頃は、「市制記念日」は学校もお休みで、子どもたちは皆2月1日が「市制記念日」だということを知っていました。子どもの「学校が休み」な訳ですから、当然、お父さんもお母さんも「市制記念日」がいつかを知っていました。学校が休みで無くなり、いつしか、「市制記念日」がいつかも忘れられつつあり、以前学校の先生に聞いてみても、ご存知ない先生もいたくらいです。「これは良くない」と「一般質問」で取り上げ、まずは学校で「市制記念日」についてちゃんと教えてもらうようにしました。大和市のように、多くの地域からさまざまな方が集まって出来ている「まち」では、「市民」としてのアイデンティティを共有することが難しい場合があります。どこ出身でも、外国人でも「大和市民」なのだというアイデンティティを持つ上で、大和市の「誕生日」である「市制記念日」を共有することは大変重要であると考えます。今回は、「大和の歴史」を軽く振り返ってみます。もし、興味がわいてきましたら、昨年発行された「大和市の歴史」をご参照下さい。

〇縄文時代の遺跡〜つきみ野遺跡〜

かつて、我が国には一万年もの間戦争のない平和で豊かな時代がありました。縄文時代です。縄文時代は、その名のとおり「縄」の文様のある「縄文式土器」で特徴づけられる時代です。ただ、草創期の土器にはまだ「縄」の文様の無いものもあり、本市北部のつきみ野遺跡からは、縄文時代草創期の土器片が出土しています。日本最古級の土器片です! !今から、一万年以上も前の大和には、既に人が暮らしていたというのは凄いことではないでしょうか。この土器片は、以前つきみ野の「つる舞の里歴史資料館」に展示されていましたが、より多くの方に観ていただけるようにとの私からの提案で、現在はシリウスに展示してあります。機会があれば、是非ご覧になって下さい。一万年前の「大和市民」が使ったものです。感動します! !縄文時代は約一万年も続いた時代です。縄文時代の次の時代である弥生時代から現代までが三千年ぐらいですから、縄文時代の一万年がどれほどの長さだったか、容易に想像すらできません。その長い時代に「戦争」が無かったというのも驚嘆すべきことです。つきみ野遺跡は、縄文時代草創期の「遺跡」として大変重要な場所ですが、平和な時代であった縄文時代の遺跡として、「平和都市宣言」をしている大和市を象徴する遺跡であると思います。

〇渋谷の荘と渋谷重国

平安時代末から鎌倉時代初期にかけて、本市南部は「渋谷の荘」という荘園の一部であり、渋谷重国という平家の一族である武士が在地領主として治めていました。渋谷重国は「河崎の荘(川崎市)」から移ってきて、初期の館は藤沢市の長後天満宮あたりにあったといわれています。その後、渋谷一族は、本市南部から綾瀬市、海老名市の方に勢力を広げ、鎌倉幕府の歴史書である「吾妻鏡」は重国のことを「相模の大名」として紹介しています。渋谷重国とその一族は、鎌倉幕府成立にも大きな役割を果たしましたが、いま一つマイナーです。昨年の暮れに、本市南部地域の議員有志で「大和市渋谷荘議員連盟」を結成しました。今後、渋谷一族の歴史を学び、後世に伝えるよう努め、さらには、渋谷一族ゆかりの自治体とも交流しながら、シティーセールスにもつなげていきたいと考えています。

〇本市における自由民権運動

明治十年代は、全国的に自由民権運動が大きく高揚した時代でした。この運動は、国民の自由と権利を基調として、国会開設、憲法制定、地租軽減、条約改正、地方自治の五大要求を掲げた国民運動となりました。本市においては、下鶴間が運動の拠点となりました。下鶴間は、矢倉沢往還の宿場であり、明治十年代には繭と生糸の市場も開設され、交通と交易の要衝となっていました。下鶴間は「自由党」との関係が深く、さまざまな政治的な事件も起きています。かつて、本市域においても自由民権運動がさかんであり、「政治に熱い」時代があったということは、その運動中の出来事の功罪も含めてもっと学ばれてよいと考えています。このことも市議会でとりあげています。

〇「大和市」誕生

大和町と渋谷村は、昭和31年9月に合併し、新「大和町」となりました。そして、昭和33年8月26日に町議会は臨時会を開催し、「昭和34年2月1日から高座郡大和町を大和市にすることを神奈川県知事に申請する」ことが全議員の賛成で可決されました。そして、ついに私たちの「大和」は「大和市」となったわけです。振り返れば、1万年以上も前から人が暮らしてきたこの地域を、将来の「大和市民」にしっかりと繋いでいくことは、今を生きる私たちの務めだと思います。そして、この時代に「大和の政治」に関わらせていただけている幸せを肝に銘じて、今後とも「大和とその市民のために」がんばってまいります。